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芸術家。ミュージシャンの両親のもとに生まれる。twitter : @kohpon999 慶應義塾大学総合政策学部 坂井直樹研究会所属。ブランディングを学ぶ。研究:ソフトパワー戦略、ノマドライフスタイル実践、エンタテイメントとソーシャルイノベーション。在学中に電通・博報堂主催 MIRAI DESIGN AWARD2030受賞、それをきっかけに情報ブランド "NOMAD TV"を創設。Mckinsey & Company主催 Mckinsey School Of Leadership合格、1期生。2012年は、非定住のまま、アーティスト修行中。>>more.

2011年11月30日水曜日

クレイジーな子供達:柳明菜(映画監督)




NOMAD JAPANに出演して頂く、柳明菜さん @akinayanagi

http://kohnakagawa.com/nomad

柳明菜、彼女のことを知るのに最も適した動画がある。




これはTEDに彼女が出演した時のものだ。
物語調に、彼女の半生が、彼女の絵と言葉で語られている。
僕の説明よりも、彼女自身を見てもらうのが一番早い。



僕が柳明菜という名前を聞いたのは、
4年前、SFCに入学した直後だった。

彼女の妹であった柳裕美と同級生であった僕は、
裕美の言う「お姉ちゃんと映画つくったんだ」という言葉を
飲み込めずにいた。

映画、と聞いた時にぱっと思い浮かんだのは
学生の自主制作映画のイメージ。

しかし、裕美の持っている宣伝用ポスターは
その想像をはるかに超えたクオリティで、
主演である柳裕美は映画の舞台である八丈島のイメージに
ぴったりあてはまるアートディレクションでそこにいた。
そして、テーマ曲をサンプラザ中野くんが歌っていると言う。
だが、何か大きな企業がバックについているわけでもなければ、
彼女にとって、これが映画の処女作だと言う。

一体どういうことだ…。

友人である裕美に誘われるまま、映画の試写会に行ったら、
そこにはこれもまた予想をはるかに超えたものが
映像、音楽、次々に心に突き刺さっていった。
上京したて1年生の僕は、何が起きているのかさっぱりなまま、
テレビ局の取材を受けるSFCの先輩であった柳明菜さんが、
憧れの先輩として、すっかり心に焼き付いてしまった。



その予告編がこれだ。


僕と彼女には1つ、大きな共通点がある。
それは、井上英之、という師の存在だ。

彼は、慶應義塾大学SFCの専任講師として研究会を持ち、
ソーシャルイノベーションについて教えていた。
「世界を変えよう」その言葉を合言葉に、
柳明菜さんを教え、そして僕の1年生からの先生でもあった。

彼の言葉に突き動かされ、「映画を撮る」と決心した後、
明菜さんは最初はひとりで、その活動を始めたという。
その情熱、信念で、挫折もありながらも、次々に人を巻き込み、
結果、有言実行を貫いたのである。

アメリカの高校在学中の2001年に短編映画で
バッカフィルムフェスティバルのオハイオ州優秀賞を受賞。
同年に帰国後、テレビ番組 「ASAYAN」の
「女流カメラマンオーディション」グランプリを受賞し、
写真家としての活動を開始するなど、若き頃から活躍している明菜さん。

彼女の、信念のもと、リスクをいとわず飛び回り、
情報を取捨選択しインプットして、
新しい価値観を創造性を発揮して提示し、
ビジョンの実現に邁進する姿は、
僕の信じるノマドそのものです。

定住しているかしていなかは、
僕はノマドの定義には全く関係がないと思っています。

むしろ、思想やスタンス、信念の鋭さが、赤坂俊介然り、
世界を変えるノマドとして、ご出演をお願いをするきっかけとなりました。


今日はどんなことが聞けるのか、いまから楽しみです。


- -




 「NOMAD JAPAN - ノマドは世界を変えるのか -」
 クレイジーな大人×クレイジーな子供による 世界を動かすノマドカンファレンス

 ■ 放送日時:2011年11月30日(水) 18:00~20:00
 ■ 公式サイト:http://kohnakagawa.com/nomad
 ■ Ustサイト: http://www.ustream.tv/channel/nomad-tv2
 ■ 公式twitter:http://twitter.com/NOMAD_TV

 ■ 登壇者:坂井直樹氏、増田寛也氏、村上敬亮氏、
      赤坂俊介氏、金聖源氏、玉置沙由里氏、柳明菜氏

 ■ 司会者:仲川孔望、高橋万里菜

クレイジーな子供達:赤坂俊介(映楽人)



本日30日18:00〜配信のNOMAD JAPAN出演者であり、
僕の友人でもある赤坂俊介 @pon48
彼は自分のことを映楽人と名乗っている。

http://kohnakagawa.com/nomad

彼が本気でカメラを構えている姿は、
ミュージシャンである松任谷由実さんを撮影しているときのものだ。



(左から、三木健司、高橋万里菜、仲川孔望、赤坂俊介)


彼は現在大学生にしながら、映像やカメラ、
様々な表現活動に従事している。

現在、彼の撮影した東日本大震災とリビア紛争の写真が
かの有名なピュリーツァー賞に5点ノミネートされているのだと言う。

 * ピューリッツァー賞(ピューリッツァーしょう、Pulitzer Prize)は、新聞等の印刷報道、文学、作曲に与えられる米国で最も権威ある賞である。コロンビア大学ジャーナリズム大学院が、同賞の運営を行っている。(wikipedia)

ピュリーツァー賞に日本人がノミネートされるのは13年ぶり、
もし受賞したとしたならば、43年ぶりとのこと。

彼は、好奇心の赴くままに、
自分の撮りたいものを撮りに行く。
それが決して命を危険に晒すものであったとしても。
彼は僕と会った数日後に、戦場のリビアに旅立ったのである。


彼の活動は報道写真だけではない。
現在国民的アイドルと名高いAKB48をはじめとする
ミュージックビデオの撮影にも従事している。


「10年桜」(AKB48)




「大声ダイヤモンド」(AKB48)




彼のことを知らない時に、
AKB48のミュージックビデオのカメラワークについて、
面白いと話していたことを思い出す。
その映像こそ、彼が撮ったものだと聞いた時は、
世の中も狭いなあと驚いた。


加えて、彼は撮影だけの人間ではない。
企画、演出、撮影、美術デザインなど、
総合プロデュースを手がけた作品も存在する。

「LOVE」(PLΛTINUM)




今後の赤坂俊介はどこに向かうのか。

「これからは、自分1人ではなく、
領域を横断したクリエイターと共にオリジナル作品を創っていきたい。」

そう語る彼は、ジャック・アタリの言うような
サーカス型企業のようなスタンスでプロジェクトを立ち上げ、
作品つくりに励んでいる。


「耳の聞えない人に音を映像で伝える」
「テロに代わる表現を映像でつくる」


この2つは、彼に、目標は何か、と聞いた時に返ってきた答えだ。

彼は、その目標を胸に、移動することをいとわず、
時に被災地へ、時に海外へ、その時に撮りたいものを撮りに、
自分を必要とするところへと飛び回っている。

現場で培われた技術を持ちながら、
twitterやfacebookを有効活用してネットワークを築き、
最も自分がベストだと思うチームを編成する。

そして、新しいことが好きで、好奇心も旺盛、
彼の夢への情熱は留まるところを知らない。

そんな彼が次に手がけようとしているプロジェクトはこれだ。


「虚構の街」




"世界中の素敵な貴方の街の風景を、貴方の写真で型撮り、
それを繋ぎ合わせて、一つの虚像の街を創ってみませんか?
僕らがいる素晴らしい世界で、
僕らの素敵な虚像の街を表現してくれるチームを制作中です。
興味がある方はリプライをください。"

とのことである。 @pon48


さて、今日はどんな話をしてくれるのやら。



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 「NOMAD JAPAN - ノマドは世界を変えるのか -」
 クレイジーな大人×クレイジーな子供による 世界を動かすノマドカンファレンス

 ■ 放送日時:2011年11月30日(水) 18:00~20:00
 ■ 公式サイト:http://kohnakagawa.com/nomad
 ■ Ustサイト: http://www.ustream.tv/channel/nomad-tv2
 ■ 公式twitter:http://twitter.com/NOMAD_TV

 ■ 登壇者:坂井直樹氏、増田寛也氏、村上敬亮氏、
      赤坂俊介氏、金聖源氏、玉置沙由里氏、柳明菜氏

 ■ 司会者:仲川孔望、高橋万里菜

2011年11月27日日曜日

鋭い自己実現欲求のもと、この複雑化した世界を戦略的に生き抜く術こそノマドではないだろうか。





 一体ノマドとは何なのか。

 今日、ノマドブームを経て、
 ノマドが様々な角度から語られることが増えた。
 しかし、1000日間の非定住というライフスタイルの中、
 常にノマドについて考えていたが、
 僕も未だ明確な答えを見つけ出せずにいる。

 しかし、はっきりとしているのは、
 ノマドは存在ではなく手段、ライフスタイルであるということだ。

 なので、「ノマドが増えている」、と言うのは違和感があり、
 「ノマドをする」、と言うイメージの方が近い。
 したがって、ノマド=定住していない、という考えもまた違う。
 それは実際にやってみて感じたことなのだが、
 "ただ定住しないこと"には、何のノマド的な意味はない。


 今回、NOMAD TVを主催するにあたり、
 MIRAI DESIGN LAB.の趣旨である
 2030年、というキーワードをもとに、
 世界を変えるノマドとは何か、という定義を以下のようにした。 



 世界を変えるノマドとは、
 
 1. 情熱や夢を原動力に仕事を選択し、それに必要な 
 2. 情報を得るために土地を遊牧民のごとく
 3. 移動しながら、一定の組織等に行動を縛られず独自の
 4. 創造性を発揮する存在 である。


 最も重要なことは、
 世界を変えるノマドは、自分が"やりたいこと"を知っている。
 その上で、ノマドという手段を活用しているのである。

 ただ、情報を得るために遊牧民のように移動しているのではない。
 ただ、自由を持ち、組織に依存せず生きてるわけでもない。
 ただ、創造性という才覚を持ち、それを発揮しているわけでもない。

 命という機会、それを最大化するべく、
 自分にとっての"出来る"ではなく、"やりたい"を強く持ち、
 鋭い自己実現欲求のもと、
 この複雑化した世界を戦略的に生き抜く術こそ、
 "ノマド"と呼べるのではないだろうか。
 


 引用元:http://www.studio-no9.com/sb/sb.cgi?eid=216

 僕がそもそも定住をやめたのは、
 自分の欲求にバグを起こしたかったからだ。
 心理学者のマズローいわく、
 自己実現欲求とはあらゆる欲求の中、
 最も高いところに位置するそうだ。

 僕は、生理的欲求や安全欲求が損なわれた状態において、
 自己実現欲求を持ち続けられたとしたならば、
 それは更に強固なものとなると仮説を立てた。

 その実験には2つの意図があって、
 1つは単純に自己実現欲を鋭くしたいという衝動、
 もう1つは、この混沌とした時代の中、
 十分に根底の欲求が満たされない可能性があると
 考えたからである。
 いざその時が来ても大丈夫なように、
 トレーニングをしておけば、いらないリスク回避になる。
 
 一体ノマドとは何なのか。
 僕にとってのノマドとは、こういうものなのかもしれない。
 常にトライ&エラーで、自己実現するために適した、
 それでいて飽きのこない刺激的な生き方を探している。









 「NOMAD JAPAN - ノマドは世界を変えるのか -」
 クレイジーな大人×クレイジーな子供による 世界を動かすノマドカンファレンス

 ■ 放送日時:2011年11月30日(水) 18:00~20:00
 ■ 公式サイト:http://kohnakagawa.com/nomad
 ■ Ustサイト: http://www.ustream.tv/channel/nomad-tv2
 ■ 公式twitter:http://twitter.com/NOMAD_TV

 ■ 登壇者:坂井直樹氏、増田寛也氏、村上敬亮氏、
      赤坂俊介氏、玉置沙由里氏、柳明菜氏

 ■ 司会者:仲川孔望、高橋万里菜

ノマドは世界を変えるのか?





 定住しない生活をはじめて早1000日もの月日が経とうとしている。

 2009年6月には
 ここまでノマドという言葉が流行するとは思っていなかったが、
 日経にデカデカとノマドという言葉が踊った時には、
 なるほど世の中はやはりそちらに向かったかと、
 あの日の決断が少しばかり肯定された気がした。

 「ノマドは世界を変えるのか」

 これが最近の僕の興味だ。
 ノマド、というライフスタイルは、
 世界を変える可能性にあふれたものなのか、
 それとも究極なる自由の象徴なのか。

 前回の記事で、"ノマドは起業の様なものだ"と定義して以来、
 多くの人が納得しやすく、ノマドを説明することが楽になった。

 それと同時に、

 ノマドはこの情報爆発時代である現代社会において、
 何かを成し遂げるための"超有効的手段"として
 機能するものだ


 と確信してきている。
 
 そして、それを、日本国内において概念を発信することは、
 意義のあることだと信じている。




 電通と博報堂が主催する、MIRAI DESIGN AWARD 2030を
 ノマドパスポートというアイデアで受賞したことをきっかけに、
 NOMAD TV というテレビ局を立ち上げ、NOMAD JAPANという、
 クレイジーな大人×クレイジーな子供の大討論会を開催することになりました。

 ノマド思考を持つ人々を集め、カンファンレンスを開催し、Ustreamで生配信します。

 今日から、その経緯やそれに際して考えたこと、NOMAD JAPAN出演者の紹介などを
 随時、更新していきます。





 「NOMAD JAPAN - ノマドは世界を変えるのか -」
 クレイジーな大人×クレイジーな子供による 世界を動かすノマドカンファレンス

 ■ 放送日時:2011年11月30日(水) 18:00~20:00
 ■ 公式サイト:http://kohnakagawa.com/nomad
 ■ Ustサイト: http://www.ustream.tv/channel/nomad-tv2
 ■ 公式twitter:http://twitter.com/NOMAD_TV

 ■ 登壇者:坂井直樹氏、増田寛也氏、村上敬亮氏、
      赤坂俊介氏、玉置沙由里氏、柳明菜氏

 ■ 司会者:仲川孔望、高橋万里菜

2011年7月7日木曜日

ノマドは起業のようなもので、目標達成のための手段でしかない





いつの間にやら家を無くして2年が経過していたのでブログのタイトルを変えた。
早いもので、ノマドをはじめて、もうすぐ800日目になる。

さて、長らくブログを更新していなかったけれど、
それにはちょっとした理由があって、
それは"ノマド"というものに対する悩みだったりした。

僕は、ノマドという言葉が流行る前に、
ノマドです、家が700日無いです、と自己紹介することで、
ノマドとして認知されたり、
ノマドというキーワードについて人並み以上に詳しかったり、
自分のキーワードとしてノマドを掲げていたりした。
けれども、正直なところ、ずっとそれに違和感を覚えていた。

僕なんかより、ノマドらしい生活をグローバルに展開している人はいるし、
家の無い生活も700日もたつとなんの特別性もない日常。
色々こじつけて記事を書くことは出来るけれども、
なんだか本質からズレていっている気がしてならなくて、
そのうち面白くなくなってブログの更新をやめた。

でも、最近ノマドという言葉に答えを見つけることができた。


ノマドは起業のようなもので、目標達成のための手段でしかない。


これが僕の800日間家を無くして見えたノマド論だ。

インターネットが普及して以来、情報量は実に400倍にも膨れ上がったという。
それが、僕達の生きる時代なのであれば、
そんな情報爆発社会を泳ぎきるようなライフスタイルが必要だ。

しかし、それは手段でしかない。
ノマドになることが目標になっては、起業が目標という奇妙な言葉と同じで、
なぜ、ノマドのようなライフスタイルをとるのかという理由が重要だ。

ノマドになることによって、たしかに世界は変わる。
だから、起業を推進する政策が生まれるのと同じように、
日本をノマド先進国にするための政策が生まれても良い。
ノマドは、時代性に合った、論理的な選択であって、
彼らがクリエイティブクラスとなって経済に貢献する未来は目に見えている。


日本をノマド先進国にするためのブログ。


これが、本ブログのこれからの目標だ。
いかに日本にノマドを増やすか。
800日の経験と、そのための活動を通して、実現していきたい。

2011年4月20日水曜日

Looops.TV にノマドSFC生として出演

ユーストリームスタジオ恵比寿 にて、
ノマドSFC生として Looops.TV にアフタートークで出演してきました。




最後の30分のアフタートークで出演しています。
ノマドライフについて、ここまで詳しく話したのは初めてです。

結構好き勝手話したのですが、思いの外評判だったので、よかった。


松村太郎さんと、玉置沙由里さんに支えて頂きました。
ありがとうございました!

2011年4月19日火曜日

ノマド@恵比寿ユーストリームスタジオ




本日、20:00より、Looops.TVに出演させて頂くことになりました。


:ゲストは @taromatsumura さん、 @IHayato くん、そして @KOHPON くんです!「本日4月19日18時30分、Ust番組「Looops.TV」、ゲストは松村太郎さん。ソーシャル&モバイルの未来を語ります。」 http://t.co/Tc1vcRc


以前よりtwitterでコミュニケーションをとっていた、
@sayuritamaki さんのお誘いで、
ノマドをテーマに、30分ほど話します。


ともさんこと米田智彦さんと初めて会ったときに、
ノマド同士の初対談以来の、ノマドUstです。


→ 配信はこちらから。

* 現在も配信中ですが、僕は20:00からです。

最近気づいたのだが、どうやら僕のこの生活は、 定住している人からすれば相当不可解なものらしい。





600日以上も前のことを必死に思い返してみると、
なるほど、たしかに何があるかわからない思いで胸が満たされ、
これからどう生活すれば良いのか途方に暮れていた自分を思い出す。


いざ、ここ数日で驚かれたことをいくつか思い返してみた。


1:まず、「移動距離」に感覚のズレが出ているらしい。
日々移動し続けていると、移動することが呼吸のように当たり前のものになる。

通っている大学は湘南にあるが、主な活動地域は東京都内という、
日々、その往復というトレーニングを受けていたことも重なって、
今や僕は、移動することに抵抗もなければ、
むしろそうしないとなんだか気持ち悪くなってしまう。
ひとつのところにずっと居続けることのほうが、非日常化している。


2:次に、「体力」も少し変わってきているようだ。
僕は常に15kg前後のバックパックを持ち、移動し続けているが、今やそれが日常だ。

このバックパックを持ちながら一日中移動し続け予定をこなし、
いざ深夜に1時間歩き続けることも、全く苦ではなくなってしまった。
加えて、風邪を本当にひかなくなった。定住していた時は月一で悪くしていた身体も、
全くの健康体で、600日が過ぎている。
また、寝る場所が見つからず突然徹夜することになったとしても、
48時間は寝ずに活動し続けられるようになっていた。
いつも、緊張で張り詰めているのか、
それとも身体に普通ではない変化が起きているのかはわからないが、
とにかく定住している時よりも人生の密度は急激に上がっているのは確かだ。


3:最後に取り上げることは、「友達の数が爆発的に増えた」ということだ。
家でぼーっとする時間が無くなり、
人と会い続ける時間が増えたのだから、単純の変化ではあるが、
それは僕の人生を大きく変えていっているように思う。

昨日も、急なオフ日で真っ白の予定の中、友人の家で目覚め、会話し、
渋谷に出ると、またそこの友人と会うことになり、ランチをし、
そのランチの中で僕の後輩と彼がその朝に会っていたことがわかって、
後輩を呼び出してお茶をして、近況報告をしながらも
共通の友人たちの近況報告を聞くべく電話をしながら話し合い、
彼を見送った後、作業をしようとカフェに入ると、
そこにまた友人2人が座っていることに気づいて、
久しく会えたことを喜びながら話し、
そのうちまた別の友人が大学で夜通し作業をするというので、
たまっていた色々を消化しようとそちらに向かい、
結局3時頃に作業は全て終わってしまったので、
そこから朝まで人生について話し合うということをして一日を終えた。


うち、渋谷でランチをした友人は、
渋谷で傘のリサイクルシステムを実現しようとしている、
一般社団法人シブカサ代表の 末原弘喜 @_suehara

カフェで偶然出会った友人たちは、
音楽イベントや世界での演奏活動について話し合っていた
ベーシストであり作曲家の 森田悠介 @bassyusuke
ジャズピアニストの 桑原あい @aikun_4649

全く違う領域の友人たちと、全く違うトピックで会話をし、
めまぐるしく回転していく世界の中、
僕は、混沌とした、最高に楽しい毎日をおくっている。

そして、最後に朝まで語り合った親友は、
そんな僕の生活に、もうそろそろその混沌さを収束し、
地に足をつけて何かを発信していく時に来ているのではないかと、
真っ直ぐに語りかけてくれた。

僕は、そんな毎日の中を生き、
今、親友の言葉が胸をざっくり突き刺して、
さて、春休みも、もう終わりと、人生の節目を感じている。



誰も見たことがないからこそ、見てみたい世界がある。
感じてみたい未来がある。
出会いたい自分がいる。


そんな自分がどうなるのか、
楽しみで仕方がない、そんな毎日を僕はおくっています。

2011年4月2日土曜日

30年後の世界におけるノマドと定住者の関係性

フランスの経済学者 ジャック・アタリの書籍に興味深い情報があった。



-

「30年後には人口の50%が増加、都市の人口は2倍になる。
衛生面において、農村地帯より危険性が高く、
連帯感の薄い都市部では深刻な問題に。
手段の進歩、自由の拡大から母国以外で暮らす人々は15億人に達する。
その様な背景から放浪(ノマディズム)が復活。」


人口増加の問題と、それによってノマドが発生せざるを得ないという予言。
ノマドにもいくつかの種類があり、住む地域の状況によって
移動せざるを得ない"下層ノマド"、
また、そうではなく自らの意思で世界を飛び回る
"超ノマド"がいる。
この記述から、日本でも下層ノマドが生まれることを予感させる。

-

「将来の重要課題は、我々の中の定住者次元と、
ノマド的次元を一致させることにある。」


これはつまり、前記事でも書いた定住者とノマドの共存を意味する。
また、僕と友人たちで受賞した、電通・博報堂主催のコンペ
MIRAI DESIGN AWARD 2030にて、提言した
ノマドパスポート -NOMAPO-」もまさにそのことを述べている。




-

「定住者は自分がかつてノマドだったこと、あるいはいつの日かノマドなることを念頭において、ノマドの人々を快く受け入れ、彼らの考えを寛容に受け止め、彼らを助けなければならない」

「定住者ノマド境遇になった時は、自分がかつて定住者だったこと、あるいはいつか定住者であったことを忘れず、居住地で適切に行動し、身を置いている場所の生活習慣に従うことを積極的に受け入れなくてはならない。」


まさに今僕は、後者の立場にあり、お世話になっている友人たち、
ひいては関わる全ての人達に前者の経験を強いている状況にある。
もし彼の言うことが正しく、この経験が将来価値を生むものであれば、
僕は、少しばかりほっとする。

-

「ノマドであると同時に定住者でもあるという二元性、歴史のはじめからあるこの対立の克服、旅への欲望を失わないこの定住生活は、グローバル化した世界を人間が生き抜くただひとつの方法だと私には思われる。」


そう占められたこのテーマは、僕の考える未来像とぴったり一致していた。
価値観の多様化、全く異質なものを受け入れる寛容性、
そこから生まれる未来の社会像。
誰もが見たことのない21世紀の世界は、衣食住という人間根本のカオスから生まれる。

-

30年後の世界におけるノマドと定住者の関係性、
誰もがノマドに成り得る世界、
今、僕のライフスタイルは、そのちょっとした先取りなのかもしれない。

ノマドの定義は何なのか "ノマドの7つの法則"





「ノマド」とは何か。

僕を含め、今日「ノマド」という言葉が頻繁に使われている。

日本では、「ノマドワークス」=オフィスや家以外のカフェ等で仕事すること
として頻繁に用いられたり、とにかく外をうろうろすることをノマドと言ったり、
曖昧な言葉故にその定義は日々広くなっている様に感じる。

僕も、ノマドです、と言う時に、果たして僕はノマドなのか、
ノマドはどこからどこまでノマドなのか、そもそもノマドとは何かと考える。

つい先日、ノマド600日突破記念パーティーを開催した際に、
「ノマドに興味がある」という10代の少年と出会った。
彼は、ノマドという概念に興味を持ち、
どこででも通えるオンライン大学に進学を決め、
日々自由な時間を精力的な行動力で有効活用していた。

さて、600日家を無くした僕は、彼に「ノマド」をどう説明すべきか。

フランスの経済学者であるジャック・アタリの言葉をかりれば、

超ノマド
=クリエイター階級
=中心都市の栄枯盛衰に最も敏感なエリートビジネスマン、
学者、芸術家、芸能人、スポーツマン


だと言う。

つまり、社会的影響力と強い能力を持ちながら、遊牧民的生活を行う人だと言う。
アメリカの社会学者であるリチャード・フロリダの提唱する
"クリエイティブクラス"も、その理解の助けになるに違いない。

また、ウィキペディアをひらいてみるとノマドとはこうある。

英語で遊牧民の意味。 

遊牧民とは、人類の生活類型の二大区分である移動型と定住型のうち
移動型の遊牧を生業とする人々を指す。


だと言う。


なるほど、この2つを照らし合わせると見えてくるものがある。
まとめると、僕が思う、ノマド 7つの法則とはこうだ。


1.ノマドとは、現代社会における2つのライフスタイル 
定住型と移動型の後者にあたる生き方をしている


 * ノマドと定住者は共存する。各々に得意分野、役割があり、
  その双方があってこその未来社会が存在する

2.ノマドとは、場所やモノに束縛されることなく
自由生活を送っている人々である


 * ノマドにとって、移動は呼吸することと同じようなもの。
  それを実現するための体力、精神力を兼ね備える。

3.ノマドとは、強い寛容性を持ち、
人の多様性を是とし、環境の変化にも強い


 * ノマドは、いかなる人、いかなる環境であれ受け入れる自己を確立している。
  環境変化によってストレスを感じることがない。

4.ノマドは、突出した創造性と個性無しにはあり得ない。
その双方がノマドというライフスタイルを支える鍵。


 * ノマドは、個人でありながら対等に企業や団体とプロジェクトを動かす。
  それ相応の能力、価値がなければならない。

5.ノマドは先天的な能力に関係なく、コミュニケーション能力に長けており、
広く深いネットワークを持つ。


 * ノマドは、開拓されたコミュニケーション能力を持ち、
  広い領域の話題に精通する知識を持っている。

6.ノマドは、模倣不可能な経験、
五感で感じられるその時にしかない情報に強い興味を示す。


 * インターネットやデジタルで誰でもアクセス可能な机上の情報よりも、
  現場にいかなければわからないものを大切にする。

7.ノマドとは、自分の哲学や信念を模索し続け、
それを貫き続けている。


 * ノマドは目に見えない精神性を重要視している。
  反対に、これがなければノマドという生き方は難しい。



ノマドという生き方をしている人々の生き様、
また僕自身がこの生き方をして得られた自分の変化、
ノマドについて鋭い分析をしているいくつかの情報から得たものを総合して、
覚書のように記したものが上記のいくつかである。

ただ、ひとつはっきりしているのは、ノマドの本質は、ただ家をなくすことや、
モノを捨てること、移動することにあるわけではない。
その奥にある、根本的な精神の構造変化にあると、予感している。

これらの定義を考えると、僕はまだまだノマド見習い中だ。

著しい変化があるこの時代、
その流れを見つめれば見つめるほど、
ノマドというライフスタイルが持つ役割がみえてくる。


参考書籍:

   

2011年3月15日火曜日

友人でバイオリニストの多治見智高が、募金活動を始めました。




友人でバイオリニストの多治見智高
Just Givingを活用して、募金活動を始めました。
こちら、または、ブログサイドのバナーから、寄付が出来ます。

彼とは、SFCでの恩氏である坂井直樹先生を通じて出逢い、
坂井先生のブログにも、本チャレンジが掲載されています。


この大震災の中で活用されているJust Giving
1年生の時に受けた、あるプログラムを通じて出会った
人生の師匠、佐藤大吾さんが展開しているサービスです。
日本における寄付市場の創造をビジョンに長年活動しており、
僕が心から尊敬し、信頼している大人のひとりです。

また、寄付先に指定されているCivic Forceは、
僕の知る限り、今回の震災で、極めて迅速な行動をとったNPOの1つです。
理事である小澤隆夫さんも、同上のプログラムで出会い、
行動力と、情熱がずば抜けた、尊敬する、人生の師匠です。


寄付先を選び兼ねている方がいらっしゃいましたら、
ぜひこちらから。
クレジットカード決済で、簡単に手続きが可能です。




* なお、Just Givingで本来かかる手数料については、
現在特別措置で、NPOにすべて還元されるようになっています。
(Just Giving トップページより)

2011年3月14日月曜日

電源カフェでノマドワーク 停電に左右されない作業の続け方

都内の各地で、3時間ごとに計画停電が始まることが決まりました。



仕事を継続して行う上で、今や電源は必要不可欠。
僕は、家の無い生活をかれこれ600日続けていますが、
こういう時はノマドワークスタイルが便利です。


必要なものは、

1.作業可能なノートパソコン、モバイルツール
2.停電地域以外の電源を貸してくれるカフェや場所の確保
3.インターネットが必要な場合はその確保

この3つです。

幸いなことに、現代社会には電源を開放しているカフェは多数あります。
今、僕も電源と電波を開放しているカフェからこの記事を書いています。


このようなサイトから、場所を検索することが出来ます。
その他、インターネットカフェ、カラオケでも電源確保が可能です。

イーモバイルや、WiMAX、また開放電波がそこにあれば、
電源さえ確保出来れば、インターネット作業が可能です。



1.自分のいる場所が停電地域に指定されている時間帯に、停電していない地域を探す
2.その地域の電源を開放しているカフェやネットカフェ等を見つける
3.必要なものを持ってその場所へ
4.電源を繋いで、いつも通り作業



ルノアールや、Cafe miyama などはチェーンで電源を開放しています。

混乱の続く中停電とまできて、
僕も生まれてかつてのカオスを目の当たりにしていますが、
600日間、家無く生活していても大丈夫なのが、また"都心"という地域でした。

様々なリソースが溢れたこの街と存分に共生し、
皆さんのお仕事に支障なく、計画停電が実施され、
被災地に電気が届くことを、心から祈っています。


- -

* 【 ヤシマ作戦 】日本全土の電力を被災地へ!無事な皆さん、電気を消して、節電して過ごしましょう。今もなお、停電している地域があります。指一本で簡単に出来る、確実な直越支援を今すぐに!

* とてもわかりやすく、見やすい放射線対策のページがありました。御参考に!http://t.co/S6ncIiH


本件に関連した、様々な情報が溢れています。
その一部を抜粋しているので、自己責任で閲覧し、行動してください。
放射線対策は、僕は、念には念を入れ、最大限に行っています。

2011年2月27日日曜日

どこにいようとも家の中にいる様にリラックス - ノマド生活によって安定した精神の体得



ノマドをして、早いもので600日以上が経過した。

始めた当初は、3ヶ月程度で終えようと漠然とした目標を持っていたにも関わらず
何だかんだで2回目の冬を超えて、とうとうこんなところまで着てしまった。

そもそも、一種の人体実験としてはじめたこのライフスタイル。





心理学者マズローの五段階欲求でいう下から2番目、
「安全の欲求」をとっぱらってもなお、
その頂点にある「自己実現の欲求」を維持出来たとしたなら?

  1. 生理的欲求(physiological need)
  2. 安全の欲求(safety need)
  3. 所属と愛の欲求(social need/love and belonging)
  4. 承認の欲求(esteem)
  5. 自己実現の欲求(self actualization)

仮説は、もし、安全の欲求を満たすことなく、
その上に連なる欲求を維持出来たとしたならば、
より確固たる自己実現への対峙、安定した欲望のコントロール、
あらゆる行動の根本原理が変わるのではないか。

自分の創造性の限界を短期間で破壊し、
最も最高の成果が出るトレーニングになるのではない。

そう、予想してこの生活を始めた。


結論から言えば、この人体実験は大成功で、
ピアノの発表会では震える手が止まらなかった弱い精神の僕だったはずが、
数百人の学生を前に講演することで緊張ひとつしない心持ちに変わった。

いかなる環境にいようとも、誰といようとも、
自分自身を受け入れ認め、リラックスし続けられる自信の体得。

家(自分のプライベート空間)に帰ってきた時に、
なんとなくほっとするあの感覚が、
常にどこにいようとも存在し続ける毎日。

この生活は、常に緊張しがちでストレスに晒されていると思われがちだが、
実際はそうではない。
ある一時を堺に、全世界が、自分の家かのような感覚に反転する。
それは、見慣れた景色の色がモノクロからカラーに変わる以上の変化だ。


家無し生活を始めて200日くらいの時期に、以下の様なツイートを僕は残している。


 "当初の仮説では、アイデンティティを保持するのに、環境の力を借りているのがデフォルト=弱い、環境の力を取っ払うことで、純粋な自分を発見し、確固たるアイデンティティを持てる様になる。それがクリエイティビティを発揮するにあたってポジティブに働くだろう。て考え。これが、クリエイティビティにどう影響してるかは、これからですな。人体実験の中間報告としては、アイデンティティのリミッターが外れた感じです。こっちのが好きです。"


つまり、家を持っていたときは「この西麻布の家じゃないとこの作業が出来ない」とか、
環境やモノに自分の創造性が確実に依存していた。


◯◯がないと、つくることが出来ない。


そんな情けないクリエイティビティなら、捨ててしまおうと思った。
場所やモノに自分のアイデンティティ保持を任せていることが
もどかしかった。


この中間報告のツイートからプラス400日が経っているが、
クリエイティビティの成果としては、
自分が作りたい作品を実現させる能力は爆発的に伸びて心地良い。
ある一媒体を表現するというスキルに依存していないので、
創造性の対象も広がった。


思えば、家を無くした最初の一ヶ月は、
さすが20数年間無くしたことのない、"家"、
重度のアイデンティティクライシスが心を襲った。
最初の3ヶ月は、精神をモノや場所から独立させることに全力を尽くした。


当時を思い出すと、自分は何かの病気にかかっていたのかもしれないと思うほど、
今とは違う精神状態で、あらゆるものに依存していたから面白い。


今や、地球上どこにいようとも、自分の家の中を闊歩する感覚。
人ごみに来ようとも、「みんなが家の庭に遊びに来ている」と錯覚する視点。
どこにいようとも家の中にいる様にリラックスし、
僕は今も、自分の最も安定する場所で、この文章を書いている。


自分の心に対する人体実験。
僕が緊張することは、今後の人生、ほとんど、無いのだろう。



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* ノマド600日記念パーティーを開催します。
2011年3月30日@六本木
どなたでも歓迎です。詳細はこちらから。

2011年2月26日土曜日

ノマド同士の初対談 ノマドはどこに向かうのか

先日、「ノマドは流行するのか」でも取り上げた
編集者の米田智彦さん( @Tomohiko_Yoneda )と会うことが出来た。
ノマドというキーワードは一部で流行してきたとは言え、
まだまだマイノリティで、仲間がいると、本当に新鮮で嬉しい気持ちになる。





その日は、智さんがいる、クリエイティブユニットSPREADのお二人、
小林弘和さん( @HaruSPREAD )と山田春奈さん( @KobaSPREAD )の事務所にお邪魔してきました。

席につくなり、智さんのUstがスタート。
ノマド同士の初対談が始まりました。





このブログにも書いた「場所エネルギー」のことや、
家を無くせば健康になる話、
モノのコントロールの話から、
これからのノマドがどうなるのかといった話、

今までに、人と共有することが出来なかったトピックを話せ、
お互い異なる経験から、新しい発想を導き出せることの楽しいこと。

時間も忘れ、とにもかくにも完全ぶっつけで話し続け、
なかなか面白いものが出来たのではないかと思います。

その後も、SPREADのお二人も加えて
最近の学生の傾向、問題点や、これからの日本のこと…
人生の先輩が3人もいらっしゃる中、
僕ひとりにはもったいないくらいの情報が飛び交い、
むしろこちらの方をUstしたくなる衝動にかられていました。

智さんとは、ノマドトークショーをやろうなんて話が出たり、
今後の展開が楽しみです。


果たして、ノマドはどこに向かうのか。

2011年2月21日月曜日

ノマドとは? ノマドを知ることが出来る書籍一覧






"ノマド"って何だろう?そう思っている人は多いはずだ。


 僕も、家無し生活を始めた当初、ノマドという言葉を聞いたことがなかった。

 「ホームレスになります」と友達に言ってまわっていたが、

 その表現もしっくりきていなかった。

 

 そもそも、時間の有限性を乗り越えたいとか、

 住居というものを取り除いた時の自分の精神性の変化だとか、

 モバイルツールの発達による新しい人間に生き方の可能性を導き出したいという

 いくつかの目的があって始めたことだったのだが、

 それを示す言葉には、当時出会うことが出来ていなかった。


 僕が"ノマド"という言葉を使い始めたのは、

 家無しになって150日程たったころ、

 クリエイターの高城剛さんの雑誌インタビューがきっかけだ。

 

 家を無くし、持ち物を捨て、世界を飛び回る生活を送りながら、

 先端の電子機器を駆使している真新しい生き方を語っていた彼の姿に

 とてつもなく気持ちが高揚したのを覚えている。


 これか!と思った僕は、その日から自分の生き方を「ノマド」と称し、

 調べれば調べるほどにノマドというライフスタイルの魅力を確信し、

 600日も続けることになったのである。



 以下、僕がノマドを知る際に参考にした書籍を15冊精選し、リストにした。

 ノマドに興味がある人に、ぜひオススメしたい。



■ 

  


実際にハイパーノマドスタイルを展開している数少ない日本人。 
ノマドについてはもちろん、世界跳び回るノウハウや、

デジタルツールや世界の流れについて。

最もオススメの書籍。

*そんな高城剛さんの新刊:ノマドについての記載もある模様


■ 


ノマドについて予測をした張本人ジャック・アタリ氏の書籍で、
高城剛さんが”ノマド”という言葉の引用元でもある。
ジャック・アタリ氏はフランスの経済学者で、
最年少で大統領補佐官になったヨーロッパ最高頭脳と言われる人物。
ノマドについて詳しく知りたい人にうってつけ。


■ 


なんと、1989年にノマドの到来を予測した書籍。

日本の江戸時代のライフスタイルと、現代社会を対比している。

建築家、黒川紀章さんの先見の明が発揮された一冊。



■ 

  


ノマドの中でも、具体的なデジタルツールの使い方に特化した
ノマドワーキングのハウツー本。
家やオフィス以外のカフェで作業をしたり、
モバイルツールを駆使した仕事術であったりの指南書。
ノマド入門編。


■ 
   

21世紀に、どういう人たちが世界で求められ、
活躍していくのかということが書いてある本。
ジャック・アタリ氏の「21世紀の歴史」にも
クリエイティブクラスが記載されていたりと、関連性は深い。
「ハイコンセプト」は言わずと知れた名著。
右脳左脳、デザインする人間等、
これからを生き抜く必修科目。


■ 

  


ノマドが発生した時代背景が読み取れる3冊。

フリー(無料)の文化、シェア(共有)の文化、デジタル(電子)の文化、

この3つの文化を知るとノマドの発生を現代から読み取ることが出来る。



- -
* もし質問があれば kohpon@gmail.com までメールか、
twitter @kohpon にいただければ、投稿に反映します。
ノマドについて興味ある方、お気軽にご連絡ください。

* 公式サイトがオープンしました。
KOHNAKAGAWA.com

2011年2月20日日曜日

ノマドは流行するのか - ライフスタイルの多様性





ノマドは流行するのか。

2009年6月、僕が家を無くした当時はほとんどの人がこの生活に疑問を抱いたが、
今ではどうやら違うらしい。

フリーエディター米田智彦さんという方が、家、オフィスを持たずに
トランク1つで生活をしている。
働きながら社会と接続し、遊動することをテーマとしていると言う。

http://nomadtokyo.com/


友人の近藤哲朗さん ( @tetsu_)の以下のツイートで知ったのだが、
大人の人がこういうことを始めてくれると、なんとも感慨深いものがある。
学生がやっているだけ、というよりも、説得力が増して、自由の追い風になるからだ。





事実として、若者のライフスタイルは日々多様化している。


後輩で友人の @_NORO_NORO
僕が家無し生活200日目頃に出会った。
当時「僕3ヶ月ほど野宿しています、今から会えませんか」と、
twitterで話しかけてきのが始まりで、
慶應の1年生で、いくつかの共通項もあったので、会うことにした。

深夜1時頃に、SFCの特別教室まではるばる彼はやってきて、
大きなバックパックの中からパッキングされた食料や使い古された寝袋、
パソコンにiphoneと、野宿グッズを次々に見せてくれた。

このライフスタイルは必ず来るから、お互い続けてみようかなんて話し、
彼はその後も野宿を続け、浮いたお金で海外を飛び回っている。
今はシベリアにいるそうだ。


今の話は極端過ぎる様聞こえるかもしれないが、
驚くことに、最近「ノマドを始めました」という人を良く聞く。

先日のロルモフォーラムで出会った学生にもいたし、
最近女性でもこの類の生活を送っていると、twitterで知り合うことが出来た。

総じて言えることは、定住というライフスタイルを捨て、
新しい生き方、住み方、住居との使い方を模索している若者のあり方が見て取れる。

インターネットやモバイルツールの進化と共に育ってきた
1980年代後半〜1990年代の世代は、強烈な変化の渦を生きてきている。
ライフスタイルの変化が生じて然るべき時代なのだろう。



twitterのキーワード検索で、常に"ノマド"という話題を追っているが、
最近の伸びには目を張るものがある。

それと同様に伸びてきているのは、"シェアハウス"というキーワードである。


一種、シェアハウスもライフスタイルの変容だ。
ひとり暮らしという住み方を捨て、
シェアハウスという住み方を選ぶ若者が増えてきている。

今では無くなってしまったが、「シェアノサイト」という
シェアハウス向けの仲介サイトが、2007年度に立ち上がった。
有名企業に務める、
1980年代前半に生まれた格好の良い大人たちがそれを作っていた。
その後、テレビドラマでシェアハウスが取り上げられたりしているうちに、
学生の一部がシェアルーム、シェアハウスを積極的に取り入れるようになった。



有名どころでは、知的な魅力のある「まれびとハウス
東大慶應をはじめとする、名だたる大学の学生、院生が住人に多い。

住人プロデュースのイベントやワークショップも随時開催されており、
2010年のはじめに立ち上がって以来、
シェアハウスの先駆けとして来訪者も飛び抜けて多い。

友人の @yohei917 さんが住むと聞いて知ったのだが、
住人各々に強烈な個性があり、知性の集合体といったイメージがある。



早稲田の「いなほハウス」も、出来て長い。
ワカモノの震源地というコンセプトを持ち、
日々アクティブな有名大学の学生が入れ替わり立ち代わりしている。

同期の友人が何人か住んでいるのだが、
まだtwitterやfacebookが無かった、mixiの時代に
mixiコミュニティでのイベントや
日記交流等でネットワークを築いていた層が多い印象がある。
住人のひとり、 @gen1988nkgw とも、
東京に来て間もない時期に、mixiで知った社会起業家交流会で知り合った。


とにかく、ここにいる学生は元気だ。
ここに訪れる時は、国際問題に取り組む友人と多くで出会う。
各々住人が世界各国を飛び回り、若々しく、
ドアと窓からどんどんと人がなだれ込んできている。
僕も、友人と一緒にずかずかとお邪魔したことがあるのだが、
なんともオープンな空間だった。






その他にも、慶應SFC生がつくった湘南台の かもめハウス も面白そうだ。
まだ出来たばかりだが、どうやら大学より研究対象としても注目されているらしく、
後輩たちが作っているので、心底応援しているシェアハウスのひとつだ。
近くに、ぜひ遊びにいきたい。

SFCも、完全寮制を目指しているというので、
やはり、"共生"というのは、今後の重要なキーワードなのだろう。
アメリカの大学は寮生活のところが多いが、
それをシェアハウスで疑似体験しているのかもしれない。



僕の予想は一貫して、ノマドも流行する、シェアハウスも流行する、
ライフスタイルは今後多様化の一途を辿る。
そう思っている。

ただ、ノマドは一定の割合で頭打ちが来るようにも予感する。
全員がノマドになってしまうと、ノマドにとっても色々とまずい。

シェアハウスは、今後も増え続け、
ノマドの中継地点としても機能していくのだろう。

ノマドは日々の冒険の中で得た情報をシェアハウスで共有し、
シェアハウスは住人、そして来訪者とのコミュニケーションで、
お互いに、情報密度の濃いアナログコミュニケーションを活性化させていく。


一人暮らしは、古い。
勉学する上でも、活動的になる上でも、
ノマドやシェアハウスといった新しいライフスタイルが有用性が高い。
実際に、僕はシェアハウスもノマドも体験したのだが、
一人暮らしよりも人生は豊かに、より面白い毎日に変わった。


では、ノマドやシェアハウスの次はどうなるのだろう?
時代の流れの速さを考えると、その次が来るのも、そう遠くはない。




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twitter @kohpon にいただければ、投稿に反映します。
ノマドについて興味ある方、お気軽にご連絡ください。


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KOHNAKAGAWA.com

2011年2月16日水曜日

アナログコミュニケーションのススメ





家を無くして思うことは、
アナログコミュニケーションの時間が激的に増えたことにある。
デジタルコミュニケーションよりも密度の高い関係性が築け、
情報量も激的に多い。

twitterやfacebook等のツールによって
コミュニケーションが可視化され、
スピードも加速した。

しかし、デジタル上のコミュニケーションは二進数上でのやりとりでしかなく、
実際に"会って話す”ことを超えることはなかなかない。

このブログもそうだ。
こんな、画一的な文字で伝えられることなんて、
単調で、たかだが限られている。


それよりも、目を見て、その二人の間の空気を感じ、
決してデジタル化出来ないような接触にこそ、
何にも勝るコミュニケーションが生まれるのではないかと感じる。

家をなくすことにより、多くの人と出会い、
話し、新しいことを始める機会に恵まれた。
自分の家に帰るという選択肢を喪失することによって、
誰かの家に行くことが多くなったり、
カフェで誰かと話すことが自然と増えたことが始まりだったが、
今ではそれが楽しくて、家のない生活を継続している側面もある。

常に動き回れば、いくつものコミュニティを駆け回れる。
人間の時間は有限なので、その深さはどうしても限界はあるのだが、
多くの人と知り合え、そこで情報交換が出来ることによって、
今まで見たことのない混沌とした世界を知ることが出来る。

もちろん、その出会いのきっかけとして
デジタルコミュニケーションが機能することもある。
また、デジタルコミュニケーションだけで、
そのような関係性が進んでいくことも、もちろんある。

しかし、やはり、二進数を超えた情報量の交換にこそ、
全く新しい世界への入り口が隠されているのだ。
発想の奇跡や、お互いの信頼感は、
多くの場合、アナログコミュニケーションによって生まれてきた。



この600日間、多くのプロジェクトへの参画の機会を得られたのには、
このコミュニケーション情報量の背景があるのだろう。
家をなくす前とあととでは、アナログコミュニケーションの量は
5倍以上に増えた。
"自分の家"という、場所的制約を受けないことから、
会いたい人の場所へ行きやすいような予定も組める。

まとめると、より刺激的で面白い世界へ飛び込むには、
アナログコミュニケーションを大切にすることが必要だ。

そのためになら、僕は家を無くすことは厭わないし、
交通網が整備された都心、走りまわらない手は無い。

本を読むよりも、twitterをするよりも、ネットで情報を集めるよりも、
何よりも密度が濃く、文化性も高い、
高度で複雑な情報というものが存在する。
いかなるコンピューターにも存在しない独特な処理能力を持つ、
何十年もの時間を蓄積した人間の中にこそ、奇跡がある。


デジタルコミュニケーションとアナログコミュニケーションのバランス、
それをうまくコントロールするところに、
人生を面白く刺激的にするコツが隠されているのかもしれない。


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* もし質問があれば kohpon@gmail.com までメールか、
twitter @kohpon にいただければ、投稿に反映します。
ノマドについて興味ある方、お気軽にご連絡ください。

2011年2月15日火曜日

"寿命"という有限性を超えていくために




僕は、人間の可能性は無限大だと信じている。


どんなに不可能だと思われるアイデアであれ、
それが、未来を創っている。

しかし、人間は、決して超えられない限界も持ち合わせている。
それは、寿命だ。人は、必ず、いつか死ぬ。

よく人間は平等だ、と言葉では言うが、
実際は、決してそうではない。
しかし、"生きる"とは、時間が限られているという点において
絶対的に平等となる。





無論、その定義にもよりけりではあるが、
生まれる環境も違えば、先天的な能力も違う。
しかし、やはり、皆いつか死ぬ。
その長さは違えど、
必ず終わりがくるということだけは、皆一緒だ。


しかし、やりたいことは止めどない。
あれもしたい、これもしたいと思えど、時間という資源は限られている。
どれが一番かを選択し、その鋭さを増して行かなければいけない。

ただ、不老不死の命は地獄の始まりだろうから、必要ない。
物語と一緒で、だらだら続ければ良いというものではなく、
人生は、終わりあるからこそ、美しい。
やはり、その制限の中で、
寿命という有限性を超えていく挑戦をしないと、
僕は死ぬ時、後悔してしまうに違いない。





インターネットによって、あらゆる情報がデジタル化され、
享受出来る情報量が爆発的に増えた現代社会。
高度経済成長を経て、基本前提はすべて整った中、
何でも出来る自由が広がるこの時代において、
時間の密度を濃厚にする自由を持つ。
それが、今を生きる若者の特権だ。

無論、その自由さは心に重くのしかかることもある。
欠乏が欠落した時代は、「何がしたいのか」という答えを求められる。
つまり、自己対峙をしなければならない。
自分の欲望をダイレクトに求められること、
それを表現することは簡単ではない。

今日言われている、教育の最もの問題点はそこではなかろうか。
時代に反対する教育を、幼児期から続けてしまっている。
それでは社会に出た瞬間、突然現れる自由さという重力を前に、
苦しんでしまうのは、納得がいく。

僕は、中学の授業はほとんど真面目に聞かず、
幸いにも、高校にも行っていないので、
その洗脳を受けることはなかったのだが。
客観的に見た高校制服は、どうにも奇妙なものに見えた。





家を無くしたひとつの理由は、そんな時代の流れを感じたこともあった。

当時、六本木ヒルズとミッドタウンを望む西麻布に住んでいた僕は、
日々、生きるということとは何か考えていた。
この21世紀を生きる責任として何を果たすべきなのか。
2009年初頭、twitterはまだユーザー数も少なかったが、
その存在から、今のようなコミュニケーションの形は容易に想像できた。

激的に色んな人と知り合っていける世界。
生身の人間が、光回線を伝う情報の様、
アナログ世界を飛び回るような毎日。

今まででは考えられなかった時間の密度、
家でぼーっとテレビを見るのとは比べ物にならないくらい
エキサイティングな経験があるに違いないと確信した。

そう考えたとき、「住む」という生き方に疑問が浮かんだ。
当時は、「家を無くす」と言うと、皆が反対したし、肯定する人は少なかった。

しかし、今はどうだろうか。

この生活をはじめて以来、「ノマドをはじめました」と言う学生何人と出会ったか。
企業の社長で家をあえて無くした人がいると聞いたりもする。
シェアハウスなどの流行もまたそれに関係している。
情報量の話と絡めれば、ほとんどの人が深く納得してしまう世の中。
学生唯一のノマドと、多くの人に興味関心を持ってもらえるようにもなった。






そのように、ライフスタイルが多様化する背景の根本は、
「"寿命"という有限性を超えていくために」、ここにあるように思う。

本能的に、時代の流れを読み取り、
より常に終わりに向かう有限の時間の密度を高めよう高めようと、
人々が動き始めた始まりではないだろうか。

ライフスタイルは、人生に密接に結びつく。
その変化を楽しむ若者が増えてきていることも、また面白い。

これからの世界は、より複雑化していく。
それにつれて、寿命の有限性を更に、超えていけるのではないか。

だからこそ、やはり、
人間の可能性は無限大だと、嬉しくなる。

僕よりも下の世代は、
僕の世代よりもその可能性が爆発しやすい、よりカオスな世界を生きるのだ。


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* ノマド600日記念パーティーを開催します。
2011年3月30日@六本木
どなたでも歓迎です。詳細はこちらから。

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2011年2月14日月曜日

三十槌の氷柱を撮影してきた:「四季 _ SHIKI」




三十槌の氷柱(みそつちのつらら)を撮影してきた。
現在製作中の作品、「四季 _ SHIKI」の取材だ。


埼玉県 奥秩父の冬の名勝で、
都心からは片道3時間くらいで行くことが出来る。
しんしんと雪が降っているのを見て、
今しかないと、いつもの15kgのバックパックを抱えて出発した。





前記事の場所エネルギーの話にも関連して、
そのエネルギーの強いところは、やはり良いものが生まれる。

幸いにも、雪がふっていたのと、到着が夜であったことから、
ほぼひとりで三十槌の氷柱を独占することが出来た。
その空間とじっくり会話すればするほど、無数の表情が見て取れる。





そもそもこの「四季 _ SHIKI」という製作途中の作品は、
日本の四季をテーマにした、総合芸術作品を想定している。

場所エネルギーの存在を確信しているので、
強いエネルギーをもつ季節の象徴読み取り、選択すれば、
自己とのコラボレーションを最大化し、展開することが出来る。

加えて、海外市場をメインターゲットにした作品制作であるため、
日本という国に特化集中した鋭さを出したい。





この家のない生活は、四季を感じるのにはこの上ない生活だった。
外にいる時間が多く、日本にいることが多かったこの600日は、
誰よりも、特に都心における四季を体感することが出来た。

おかげで、寒さには相当強くなっていたようで、
吹雪の中、2時間、頭に雪を積もらせながら撮影したがピンピンしてる。
その時の装備は、薄いTシャツ、
少し集めのシャツに、夏物のスーツ、薄いマフラーのみ。
風邪もひかないし、寒さを苦痛とは思わなかったことを考えると、
どうやら僕の身体はノマド生活を経て少し進化したらしい。

足場が悪かったので、15kgのバックパックを下に置くわけにもいかず、
それを抱えたまま撮影をしていた。
さすがに次の日には筋肉痛になったが、
撮影中、体力が尽きることはなかった。
常日頃持ち歩いていたかいあってか、どうやら身体能力も相当上がったらしい。
その撮影を終えたあと、そのまま3時間かけて都心に帰って、
結局は友人と会ったりと、夜中3時頃まで活動していた。
ノマドライフは、体力を付けるのにも有効らしい。





途中、事故に巻き込まれたり、
いくつかのトラブルがあったのだが、
なぜかそういうのに遭遇する時ほど良い結果が得られたりする。

強烈なエネルギーの衝突は、
おかしな世界を引き起こしてしまうのだろうか。

撮ってきた氷柱の写真はポートフォリオにアップしている。
もし興味のある方は、ぜひ!

場所エネルギーの存在

600日も家がないと、"場所エネルギー"を感じ取るようになる。

"場所エネルギー"とは完全に造語であるが、
近い未来、この概念は当たり前になると確信する程確かなものだ。
ノマド生活をはじめたことで得られた、大きな財産のひとつで、
おそらく一部の人は無意識のうちにそれを感じ取っているとも思う。

その言語通り「場所」の「エネルギー」なのだが、
簡単に言ってしまえば、地域は各々異なるエネルギーを発していて、
人間はその場にいると、そのエネルギーを常に享受し続けていることを示す。



例えば、六本木であれば情報に溢れ、人間の高度な欲望が入交ったエネルギーが渦巻き、
何か新しい刺激的な発想がほしい時、そのエネルギーは力になってくれる。



反対に、じっくり本を読んだり、瞑想に勤しみたい時、
六本木の場所エネルギーは反発する。

そういう時は、都内であれば文京区あたりが良い。
本郷三丁目あたりは、東京大学もあってか、地に足がついたエネルギーが漲っている。
刺激的で混沌としたインプットをしっかりとアウトプットに繋げたい時、
僕はよくその場所を選択した。

このように、その時々の自分の作業内容や得たいエネルギーを考え、
その日訪れる場所を決めていくと、
場所エネルギーは追い風となって背中を押してくれるのだ。

今はまだその概念は当たり前ではないが、
そのうち、現代の非科学は未来の科学となって、
場所エネルギーを数値化、可視化出来る装置が現れるかもしれない。
様々な場所で生活した感覚として、その存在を今、確かに感じている。



今までのことがエネルギーの色だとしたなれば、
そのエネルギーの大小ももちろん存在する。

場所によって、エネルギーの強さは違う。
むしろ、色合いよりも、
僕はその大小を考えている場所を選んでいると言っても過言ではない。

穏やかであれ刺激的であれ、
エネルギーが満ちる湖のような場所がところどころにある。
既存の言葉で言うなれば、パワースポット。

それに関しては、似た研究結果もある。
社会学者リチャード・フロリダの提唱するクリエイティブクラスが集まる
クリエイティブ都市の概念は、それに近い。

その場所エネルギーを感知する能力は、常に場所を移動していることで
培うことが出来た。
全く新しい視界がひらけた感覚であるが、600日もすればそれが普通になる。

ダイエットに勤しむ女性が、カロリー計算を常にしてしまう様に、
耳が聞こえるなら、常に音を聞くように、
鼻がきくなら、常に匂いを感じるように、
場所の持つエネルギーを読み取り、感じ、選択し、その場に行く。

まるで第三の目が出来たように、そのエネルギーの存在を感じる毎日は、
なかなか面白い。
その戦略が使えるだけで、人生の持つ有限性を、
すこしばかり超えていける希望を抱く。


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2011年2月13日日曜日

家の無い生活で、講演する

先日、ロルモフォーラムというイベントに、学生ゲストとして登壇した。








史上最大級の学生交流会と銘打ち、
学生団体キッカケさんが主催。

ROLMOという、学生のロールモデルを取材するというコンセプトを持つ
1万部発行のフリーペーパーに取材されたことがきっかけだった。
* 現在では、vol.2を10万部発行、vol.3も製作中とのこと。




このように、まさか家の無い生活の経験が取材対象になったり、
400人もの学生の前で話すことになるなんて、思いもしなかった。





しかし、実際にフィードバックをもらうと思いの外反応が良く、驚いた。


たしかに、このライフスタイルを600日継続したことによって、
思いを語る際のプレゼンテーションに説得力が出たり、
今までの自分にはなかった自信、思いに深みが生まれいていて、
全く準備せずにプレゼンしても自然と言葉が出てくる感覚を知れた。


しかし、それが自分だけの満足とならず、
「自分も何かしなければならない」と、目を輝かせてくれる人に囲まれた時、
ああ、本当に続けてきて正解だったなあと、ほっとした。


人の見たことのない世界、やったことのないこと、
未知の領域に足を踏み入れる覚悟は、自然と、人に刺激を与えるのか。

やはり、安全なところだけにとどまり、冒険せずに守りに入ってしまう姿よりは、
僕は、例えリスクをとったとしても、好奇心に貪欲に突き進む姿に格好良さを感じる。

ライフスタイルは、毎日のすべての事柄に関係することであるがゆえ、
その人の全てを体現してしまう。
その様に、大きな影響を与えるものであればあるほど、人生変化の振れ幅が大きい。
その振れ幅の大きさに、人は多くの場合、闇に包まれたその先に恐怖を感じてしまう。

しかし、その恐怖は、行動や精神統一によって解決され、
乗り切りさえすれば、ひとつ、自分の壁を壊すことが出来る。

「これは不可能だ」という思い込みを破壊することは容易ではないが、
何事も、やれば出来る。

この言葉は、家を無くす前から使っていたが、
やはり、本当に行動として示せると、その言葉のイメージは、
白黒から彩り鮮やかなものに激的に変わる。







刺激は循環し、また、刺激を生む。
僕は、刺激が大好きなので、刺激的な人生をおくり、
刺激を発信し、それを受信出来る人間で、居続けたいと思う。

2011年2月8日火曜日

家が無い生活の中身

そもそも、家が無い生活というのは、どういうものなのかとよく聞かれる。

一言で言えば、効率的で、日々の情報インプット量が激的に増加する。

家でテレビを見ていつの間にか時間が過ぎてしまうとか、
ぼーっとしてしまうということが無い。
常に自分が外界と面し、いつも違う情報を吸収し続けられる、
そのような環境を強制出来る点において

せっかくなので、いつかの一日を洗いざらいに思い出し、
その説明にかえてみようと思う。




9時に、SFC(大学)の研究室で友人と共に起床。
前日は、映画を見ながら作業を朝方6時までやっていたので、
睡眠時間は約3時間。
大学のシャワーを使って目を覚ます。


バックパックにパソコンや着替え、
図書館で借りた2〜3冊の本もろもろを詰め込むと、15kgになる。
この大きなバッグと、いつも友達。

メールチェックや朝の英単語チェックなどを経て、
都内でミーティングがあるため、そのための資料を作成、
印刷等の準備を整え、
11時、はるか湘南の果てから、都内に向けて出発する。

行きの電車では借りた本の1冊を読み終え、
ミーティング場所の恵比寿に到着。
そこで、2時間程度でミーティングを行うが、
内容は公開することが出来ないので、ここでは書けない。
その次は、勉強会のため西麻布に向かう。

電車を使って恵比寿から広尾へ移動。
ミーティングに来ていた1人を連れ、
そしてもともと約束していた友人1人とで西麻布交差点に合流。

16時、とある地下にある、格好良い内装の会場は建築事務所に到着。
ここでやるからこそ生まれる、インテリジェンスがある。
お世話になってるお姉ちゃんに挨拶し、
友人たちを紹介し、簡単な近況報告会を始め、勉強会の準備。

テーマは、「時代を読む」。
見えない未来、21世紀とはどのような時代なのか、
そしてこれから求められる人材、パラダイムシフトとはを考える。
新興国と成熟国の関係性や、
科学技術の発展による未来予想、
人口構造の変化からの大衆増加の背景を分析した上で、
未明の未来を探り当てるということ。
何を成し遂げるにも、この時代の流れは恐ろしく早い現代において、
先見の目は欠かせない。
その感覚や知識インプットは、どのような領域への目標であれ、
必修化されてきていると、再認識する。

そのまま懇親会へと流れ、ときどき会える友人たち、
お世話になっている人たちとの会話を楽しむ。
やはり、いかなる会であれ懇親会が楽しく情報が多い。
一方的講義や質問でのコミュニケーションでは限界があるが、
アルコールという魔力のふりかかった空間は、
公の場では明かされない宝箱があけられたりする。

その途中、電話が繋がった中目黒の友人と会うことになり、
賑やかで華やかな会場から移動。

友人との久しい再会を喜びながら、
いつも彼と会った時に行く、不思議なショットバーに行くことに。
不思議というのは、時々ある、エネルギーにあふれた飲食店だからだ。


良いお客さんが集まる良い雰囲気の店、というのは不思議とあって、
それは内装がどうとか、お金がかかっているとかではなく、
目に見えない何かが働いている。それが、そこにはあった。

かつ、マスターとママの計らいで、そこにいるお客は全員友達になるという
オマケ付きで、ユニークな人達の会話をつまみにお酒を飲める場所だ。
社会人10年目〜から、企業の社長、著名人有名人が足を運ぶ場所なので、
20そこそこの僕らはいつも最年少。
「色々教えてあげるから、ここから飛び立っていってね」と、
優しいママの言葉に甘え、いつもお世話になっている。

入った時には、紳士の鏡ともいえる穏やかなIT社長とその奥さん、
そして、5人グループの元気なおばさま方の間に僕らが挟まれることになった。
まず驚いたのは、おばさま方が最新iphoneを片手にtwitterを駆使し、
コミュニケーションをとりながら情報発信をしていた。

あとに、入れ替わり立ち代わり、途切れることのないお客の出入り。
なぜかここに来るときに聞く話は、今の瞬間に必要なことが多い。
そんなこんなしているうちに、3時を回っていたので、
友達の家に転がり込み、少し語らって、そのまま寝る。


次の日も朝一で予定があり、同じくらいの情報量の中を生きた。
加えて、予定の合間合間にtwitterやfacebook、mixiやメール、
モバイルツールを使ったデジタルのコミュニケーションを行う。



いつも違う場所に帰り、
いつも違う人と出会う。
アナログで飛び回り、デジタルでも飛び回り、
その重力に耐えられる体力と身体、
それが毎日の当たり前として機能する日常。


それが、この家の無い生活の中身。


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* 本ブログは、出版甲子園で出会ったパートナー、
安藤ひろし @hurachi11 がサポーターとして活動してくれています。

600日もの間 なぜ定住しなかったのか



なぜ家を無くしたのか、と聞かれれば、面白そうだったから、と答える。




初めて会った人に「家が600日無い慶應生です。」なんて自己紹介すると、
「どういうこと?」と、99%の人が目をまるくする。


ある時は、活動的な学生が「そんな人見たことない」と驚き、
ある時は、大企業の社長が「面白いやつだな」と興味を持ってくれ、
ある時は、音楽家が、ある時はデザイナーが、ある時は会社員の人でさえ、
「どうして家が無いの?」 と、不思議なものを見るようにこちらを見つめた。
あの瞳の色は、独特だ。


独特だが、ほとんどの人がそう言うものだから、もう慣れてしまった。
その眼差しに慣れる頃には、家が無いことは僕の中では"特別"ではなくなっていた。
家が無いと言えど、所詮そんなものだ。


ただ、家がない。 それだけのことでしかなく、刺激的だった毎日は、再び日常化する。
そもそも、どうして家を無くしたのかを振り返ると、これもまた単純で、
ただ、面白そうだと思ったからだ。人生に刺激が欲しかった。


刺激という言葉に疑問を覚えられることもあるのだが、
やはり、家がなくなるということを、多くの人は恐怖だと捉える。
しかし、本当にそれは、恐怖なのだろうか。
どうしても僕は、そう考えてしまう。


無くすことは恐怖か。
それは、ただ物質のコントロール力を失い、
物質によって反対に心を支配されてしまっているだけではないのか。


もし、そうだとしたら、たまったものではない。
人生を豊かにしようとつくられたものに縛られ、
自由を失ってしまっている自分なんて見てられない。


まさに、衝動だった。
よもや、僕がその時一番大切にしていたであろう西麻布の家を捨てた。
六本木ヒルズとミッドタウンの夜景が眩しい、大きな窓がある大好きな部屋だった。


最後に空っぽになった空間に鍵をかけたあの日から、
かれこれ600日もの時間がたった。
きっとそれが日常化した今だからこそ書けることがあると思う。
春休みは時間がある。
今日から、家の無い「ノマド生活」について、毎日綴っていくことにした。


といっても、自分にとってはただの日常や思うところの記録でしかない。
しかし、現代社会において600日家が無い大学生のあり方は、
きっとこれからの社会に役立つ情報だと信じて。


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2011年3月30日@六本木
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